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4月読書会

2018年4月  課題本『 光琳の櫛 』   芝木好子作  新潮社 

読書会を終えて

講師 吉川五百枝  

カトマンズアゲハの美しさに執着する主人公を描いた芝木好子の作品『黄色い皇帝』を読んだのはこの12月のことだ。
先月、たまたまネパールに行く機会があり、以前の訪問では気にもしなかったネパールの蝶を、山岳博物館で見たのも『黄色い皇帝』のせいだろう。山岳博物館には、ネパール、インドに生息するアゲハの標本がいくつか展示してあったし、4輪駆動車で丘に上っていく途中、(丘と言うけれど2000メートル級)では飛び交うたくさんの蝶に出会った。
芝木作品を読むと、意図せずに関連する実物にであう体験をする。かつてサントリー美術館特別展で櫛に出会ったのも『光琳の櫛』を読んだ後だった。
櫛は、それまでさほど興味のある品ではなかったはずなのに、展示室の中央にあったショーケースが、私を招くのだ。やわらかな照明を浴びた櫛たちは、見事な美術品であると同時に、女の黒髪を餌に生き続けた小動物のようにひっそりと、だが、持ち主の命絶えた後も転々としながら生き続けたなまめかしい艶を保って小さなからだを丸めていた。もし、直前に『光琳の櫛』を読んでいなければ、これらの工芸品を命が吹き込まれた小動物のようだなどと感じることはなかっただろう。
主人公である久住 園が、心とらわれ心なごんだ櫛の数々。今回の課題本になったおかげで、美術館で櫛と出会った瞬間をもう一度思い出すことになった。アゲハ蝶といい、櫛といい、私の日常ではおよそ縁のないもの達を引き寄せてくれた芝木作品である。
園の集める櫛や簪、それに、梅塚の能面、仲子の半襟、帯、着物など、集める人に蘇生させて貰い,集める人によりそっていく物たちが、第2の登場人物の如く華やかにはしゃぎ、おのが身を語り明かす。
物たちは、見える目や聴く耳をもつ人物をよく解っているように選び出し、その膝元に運ばれていくのだ。そして、手に取られ、ゆっくりと身の上話をきいてもらうのを喜びとしている人型が浮かび上がる。
「櫛にも運があって、埋もれたきりのもあれば、呼ばれて出て行くのもある。」と、園が立ち寄った古道具屋の主人のもの言いまで、物と人との境目を消してしまう。おまけに、この店の主人はやわらかく京都弁を使う。園も曾て暮らしていた京都。東山には冥府の入り口があり西山には出口があるなどという1000年の都の地下の物語さえ浮かんでくる。

いつの間にか舞台が整えられ、読み手は、現とも思えぬ妖艶な世界にはまり込んでいく。

物への執着はこれで良いということがない。園にこう語らせて、情念の深淵とすれすれのよろこびを広げていく。
正妻ではない女性の暮らし方や思いは、現実世界にもあるのだろうが接したことがないのでよくわからない。しかし、作者が書き綴るのは、現実を写すのではなく、ある種のファンタジーだと思う。文中に、泉鏡花の名前が二度出てくるが、鏡花は、あきらかに現実離れをした材料と描写で、幻想文学とよばれるそれなりの落ち着く場を持っている。それに比べて、園を取り巻く状況は、現実離れと言うには世界がはっきりしていて、ファンタジーとは受け取りにくい。しかし、異世界ファンタジーに対する日常ファンタジー(エブリディマジック)の手法を採った作品と言ってみたくなる。
作者は、物たちに魂を吹き込み、園を虜にする。
園の思い人の若い同僚からの嫉妬の怒りも、櫛はその身に受けて庭で砕けた。手荒い扱いも、櫛は歯がこぼれることで園の動揺を吸収した。   
園は、色白の顔の輪郭が整い、簪が映える古風な黒髪に笄を挿し、道行く人が振り返る磨かれた姿の優雅な動作は美しく、日常でありながら日常をこえさせている。もはや、女性の在り方や結婚制度との整合性、経済生活など現実の細かい符丁の点検などを問題にしていない。そこが私にファンタジー文学ではないかと思わせるところなのだ。
魂さえ持っていそうな物たちと鎮まらぬ夜を語り明かす園の交流は、ただ物質を集めるという一方的な執着を、双方向に働く恋愛にまで似せてくる作者の筆の冴えが堪能できる。もちろん、作者の筆は、細工の描写にも現れていて,尾形光琳の蒔絵が息をし始める。それだけに、この小説は斜め読みが出来ず、ていねいに行を追うから読むのに時間がかかる代物だ。
園が物たちと過ごす地上は、見えない薄紙で隔てられたこの地上に似たもう一つの空間であるような気がする。その住み処の風情や、座敷の飾り物まで趣き深いが、残念なことにその一つ一つに付いて行けないこちらの知識がじれったい。
日常と地続きの世界ながら別の世界の様相を示しつつ、気に染まぬ男の縁も、身に沿ってくる男の縁も,護身の存在のように身に侍らせた櫛たちをからませて、自由に生きようとする園の心意気を充分に味合わせて貰った。
ファンタジー文学の醍醐味は、地上の約束事をしりめに、何者かの助けを借りながら,自らの意思を由として生きる主人公に、不自由な自分を重ねて解放することが出来るおもしろさにある。

例会当日には、参加の方々から手持ちの櫛、笄、簪をお持ち頂いて実物を拝見できた。
写真ではわからない立体感があり、年代物の重々しいとも言えるくすみに手をふれさせてもらった。明るい光のもとにおかれた品々は、それぞれの持ち主や来歴が現実としてわかるのでファンタジーにならず、私を語り相手としては選んでくれなかった。                        
美しく並んで、芝木好子の筆の力量を明らかにした物たちだったわけだ。


課題本『 光琳の櫛 』 三行感感想

◆一度手離した櫛を再び手に入れたいと執念を燃やす園の生き様。女性の情念が籠るという櫛を手元に置きたいという異常な程の想い。美貌と知で男性を上手に操り乍らの園の世界は一体何処にあるのだろうか。 【YA】

◆髪は女にとって大切なもの。作者は女を強く持っているんだと思う。あまり好きな作家ではない。若い時読んだら,どんなことになっているのかなと思った。 【M子】

◆特権階級に許された方々の雅を操りつつ。流れを作り出す世界。この世は男と女。それぞれが自分を育てつつ人生を終わっていく。色々あるなあー。 【M】

◆装飾としての櫛が男の人とのかかわりによって贈られ,男の人や他の人に見せるために身に付けていることを初めて知りました。櫛をいただける女になることが大切ですね。 【TK】

◆『光琳の櫛』は櫛を蒐集している女性と櫛,そしてその周りに織り込まれた男性の話。櫛ひとつに命が宿っていて,そのさまざまな櫛をどうしても自分のものにしたいと思う女性の抑えきれない情念が描かれていた。ひとつひとつの言葉,文章がとても奥ゆかしくきれいな描写でした。 【R子】

◆古櫛に魅せられ蒐集する園。男性に支援を求め男性に依存しているようで自分の強い意志を持ちそれを貫き,したたかな生き方をしている。 【T】

◆前回に続き,同じ作家の作品だったが,光琳の櫛の「園」は夫を持たず,活計を得,自分の思いを遂げる為には,それとなく分からないように,したたかに男達に手伝わせる。その方法を悪とは言わないが,同じ女姓として何となく……。しかし経済を手に入れ自分の思いのままに生きる為にはこれも有りかとも思う。 【N2】

◆美しい由緒ある古櫛に魅せられ,何としても手元に置きたいという執念にはすさまじいものを感じる。夜中に園さんがガーゼで丁寧に櫛の汚れをとり,語りかける描写にはあやしささえ感じたが,園さん自ら「一枚の櫛ごとに心を寄せる充実感だけでも,私は生きているのだから」と言っているように,そういう思いが執念となってい
るのかもしれない。読んでいるうちに是非本物を見てみたいとの思いが強くなったが,読書会で美しい櫛の実物・写真・資料を準備して下さり,ありがたかった。 【Y】

◆木櫛がこんなにも運命を持ったものでしょうか?この櫛をさすことが出来る女は幸福?それにしても題材を深く掘り下げ,作者はすごい 面白い 楽しいが無限大にあります。 【K子】
◆『光琳の櫛』を読んで感じたことは,いろいろな生き方があると思いました。各自が毎日の生活が充実して生きることが一番なので,人それぞれでよいと思いました。 【KW】

課題本『 光琳の櫛 』 感想
                                 
◆◇◆◇◆                              
 蝶の次は櫛である。
芝木氏の物語はいつも恐ろしく繊細で、優美な世界だなあと思う。
そして、おいでおいでと手招きされて自ら入ったと思っていたのに、ふと気がつくと、自分が物語に引きずり込まれたことを知る。その深淵には、執着を極めた人間だけが見る、すばらしき景色と虚しさが渦巻いている。

櫛の美しさ、怪しさに魅せられ、それを手にする一瞬の喜びを糧に、女一人、つらいこの世を渡っていこうとする主人公の園の生き方は、雄々しく逞しい。凜として、着物の似合う大人の女性である。そして彼女は櫛に囚われている己自身を哀れと思う冷静さも持ちあわせている。冷めた目で自分を見つめている。
「櫛のためにだけ生きていてはいけないと言うことさ。人間あっての櫛なのさ」と園に告げた男の言葉が印象深い。園の生き方を示したのかもしれないが、彼女にしてみたら、そんなことは百も承知、なのではないかと思う。
「人間あっての櫛」というフレーズは、櫛そのものの美しさだけでなく、その櫛をかつて使った人物の悲喜こもごものストーリーがあってこそ、その櫛の価値が高まるということなのかもしれないとも思う。限られた人しか知らない、秘やかな物語が、秘密が、更に人を惹きつける。秘密を知り、持ち、分け合うということが、所有することの喜びを高めるのだろう。同じ柄の印籠と簪を密かに持ち合う男女の仲のように。しかし秘密を持つということは、人を強くすることもあるけれど、その秘密が強ければ強いほど、人そのものを内側から破壊する力も持つ、危険な代物だ。

 それにしても、執着とは、所有するとは何だろうと思う。それらの欲は生きるための糧にはなるけれど、そもそも人は本当に何かを所有することができるのだろうか。本当に所有するすることはできないから、執着し、糧になるのだろうか。「物を集めることは、失うものの代りなのさ」と園に告げた男の言葉を思い出す。お金を積み、自分のものにしたつもりの櫛は、持ち主に関係なく息づいている。園が見事な櫛を見て、「私の元に櫛が来たがっている」とか「こっちへ来るべきもの」などと言うシーンがあるが、確かに物は所有する人を選ぶのかもしれない。普段、物を大切に扱う人の持ち物は、私と同じものであっても、同じものとは思えないやさしい気配、佇まいのようなものがある。丁寧に扱われている物は確かに何かある。櫛は秘密をすべて語らないけれど、あるだろう秘密の物語をそのまま受けとめ、包み込んでくれる、安心できる持ち主を探しているに違いない・・・などと思うのは、まさに私が芝木ワールドに取り込まれている証拠かも。
園が男と別れるたびに、櫛が絡んでくるのがおもしろい。昔の男と別れるときは2万点の櫛を手放し、10年連れ添った妻子のいる由良と別れるときは自ら櫛を折り、若い高垣と別れるときは男に大切な櫛を壊された。物語の後半では園は男女の仲になった黒沼と同じ印籠と簪を密かに持ち合う。櫛を集め、楽しんでいる園自身も、櫛たちの物語に組み込まれている。

 東京の奥多摩に櫛かんざし美術館がある。そこの収蔵品は、収集家として著名であった岡崎智予さんのコレクションを一括継承し、さらに新規の品を加えて集大成したものであるという。ぜひ、登場人物達を虜にした光琳の櫛を、羊遊斎の梅松月文様蒔絵螺鈿櫛をこの目で見てみたいと思った。 【C】           

◆◇◆◇◆
料亭や花街,着物の暮らしが描かれている。着物の所作,櫛を飾って楽しむ女の飽くことのない欲を知り,和服の文化を知ることができた。
櫛は,自分で買うというより男の人に買っていただくよう,ふさわしい女性になることの奥深さがある。
先回『黄色い皇帝』を読んだ。蝶を集めることとそれをめぐる恋愛と似ている。
園は飽くことなく櫛を追い求め,男の人も妻から奪っている。貪欲な生き方をしている園。男の人は思い出として櫛に執着している。
芝木好子さんは情景や風景の美しい着物の所作を表現することで人の気持ちや人との駆け引きを描いている。若い作家にはない言葉の表現は女版川端康成を感じて,久しぶりに文学の醍醐味を味わうことができた。 【TK】

◆◇◆◇◆
主人公久住 園は京都の花街に生まれ育った女性。世間の常識を当てはめるのは無粋というもの。
今は東京で小さな料亭「雪園」を営み,四十代の女盛りを生きている。尽くし尽くされる男女の仲にも生きており,由良信之とは十年の逢瀬を重ねた。だが今由良に別れを告げられ,好いた男との別れの辛さに胸をつぶす。だが由良との逢瀬を決して後悔していない。
また「櫛」をこよなく愛し,夜な夜な櫛に語りかけながら手入れにいそしみ妖しい感もある。人は彼女を,情念で櫛を蒐集するというが,江戸の元禄時代を彩る尾形光琳,酒井抱一,原羊遊斎という高名な作家の手による逸品だと聞けば,蒐集したいと想うのは当然のこと。琳派の芸術性の高さや美への追求は時代を超え,世界に類を見ないと私見を持つ。彼らの周りにはどんな魅力的な女性,恋焦がれた女性が居たのだろうか。想像は膨らむばかり。
久住 園,まあ何と粋な生き方だろうと私は心酔する。
 
この作品にはモデルがあり,京都の舞妓岡崎智予(ちよ)さんであるという。彼女が蒐集した4000点に及ぶ櫛・かんざし・笄が東京都奥多摩の「櫛かんざし美術館」に収蔵されている。そこのホームページには,次のようにある。
「(前略)江戸時代に入って,それまで,まっすぐに垂らしていた女性のヘアスタイルが「結い上げる髪型」になったため,調髪,結髪の実用から櫛・かんざし・笄(こうがい)の需要が高まり,そこに装飾的な美しさを求めるようになりました。優れた技術をもつ職人たちと美しさを求める女性の想いが創り出した髪飾りは,日本人の心をとらえてやみません。」

櫛には,美を極める作家,逸品をめざす職人,自らの美を追い求める女性の魂が籠められ,手から手へと渡る中で,見るものを圧倒し内から光を放つ情念が感じられてならない。魔法の力というべきか。
読書会で櫛・かんざし・笄を見せていただき,より一層「園」の心情に共感した。

   『鷺文様蒔絵櫛』 光琳作 光琳がお世話になった江戸の冬木家の奥様に差し上げた伝えられる櫛。【江戸中期】
  
作家芝木好子は,主人公「園」が櫛に魅了される情念を,はんなりとした筆力で著述する。私はあっという間に魅惑的な「異界」に連れて行かれ,今も現実に帰るのを忘れている。このまま,ちょっと古い日本女性の情念が籠った「櫛かんざし美術館」に行ってみたいものである。 【S子】
 
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